乳がんの性質によって治療法は変わる

これまで乳がんの治療は、病期ステージに基づいて決められるのが一般的でしたが、近年はがんの性質についての研究が進み、乳がんの病期よりも性質のほうを重視して治療方針を決めようという方向へ変わってきています。そのために、生検などで採取した組織をもとにがんの性質を調べる検査が重要です。
乳がんの病期(ステージ)はこちら

腫瘍(しこり)が小さいから大丈夫、大きいから手遅れ、ということではなく、しこりの大きさや進行度よりも、がんの性質が重要な情報となります。

乳がんの性質を知るポイントとなるのは次の4つです。

  1. ホルモン受容体が有るか無いか
  2. HER2受容体の過剰な発現が有るか
  3. がんの核異型度(悪性度)
  4. 細胞の増殖の割合を見るKi67の値

ホルモン感受性のあるがんにはホルモン療法が有効となる

日本人女性の乳がんの人のうち70パーセントくらいの人がホルモン受容体が陽性で、女性ホルモンのエストロゲンの刺激を受けてがん細胞が成長するタイプです。このタイプはホルモン感受性があるため、ホルモン療法が有効となります。

ホルモン受容体には、ER(エストロゲン受容体)とPgR(プロゲステロン受容体)の2つがあるのですが、どちらか一方でも陽性であればホルモン受容体が陽性であると診断されます。そして、陽性細胞の割合が1パーセント以上あると、ホルモン療法の適応となります。

ホルモン療法の効果の現れやすさは、陽性細胞の割合に比例します。つまり、陽性細胞の割合が高いほど、ホルモン療法の効果も高いといえるのです。

HER2受容体が陽性のタイプには分子標的薬を用いる

HER2(ハーツー)受容体は細胞の表面にあるタンパク質で、細胞の増殖を調整する役割があります。これががん細胞の表面に過剰に認められたものは、増殖能力が高く、成長のスピードが速く、転移しやすいのが特徴です。

HER2受容体が陽性の乳がんは、乳がん患者全体の20パーセントほどの人に認められます。このHER2受容体陽性の乳がんは極めて性質の悪いがんなのですが、分子標的薬といわれる抗HER2薬によく反応します。

分子標的薬は、一般の抗がん剤とは違い、がん細胞の表面にあるタンパク質や遺伝子のみをターゲットとして効率よく攻撃することができる治療薬です。トラスツズマブ(ハーセプチン)という分子標的薬はとても効果的な治療薬で、それまで、性質が悪く患者の予後が悪いとされていたタイプのがんが、むしろ「薬がよく効く性質の良いがん」だといわれるようになりました。

HER2タンパクが陽性か陰性かを調べる検査は、乳がんの性質を知って治療法を決定するうえで極めて重要です。がん組織の免疫染色法で測定され、0、+1、+2、+3の4段階で評価されます。
0は陰性、+1は弱陽性、+2は疑陽性、+3は陽性となります。+2の疑陽性の場合はFISH法という方法で再検査をおこない、HER2遺伝子が過剰発現していれば陽性となり、+3の人と同じくハーセプチンの適応となります。

がん細胞の悪性度と増殖能

がん細胞の悪性度とは、顕微鏡で見たがん細胞の形から判断するもので、がん細胞の「顔つき」と表現されたりします。悪性度は、グレード1、2、3の3段階で評価され、数字が大きくなるほど核の異型度が高く、悪性度も高いということになります。浸潤がんでは、がん細胞の悪性度が高いと転移や再発をする可能性が高くなります。

一般に、細胞が増殖する能力が高い乳がんは低い乳がんに比べ悪性度が高いのですが、そのぶん抗がん剤が効きやすいといわれています。がん細胞の増殖や活動状態の程度を表すのに、Ki(ケーアイ)67という指標が用いられます。Ki67は細胞が分裂するときに生じるタンパク質で、乳がんなどの増殖能力を示すマーカーとして用いられています。Ki67陽性細胞は増殖の状態にあると考えられ、したがってKi67陽性細胞の割合が高い乳がんは、増殖能が高く悪性度が高いと考えられます。

乳がんのサブタイプ

乳がんは、がん細胞の増殖にかかわる2つのホルモン受容体 ER(エストロゲン)とPgR(プロゲステロン)、HER2、Ki67の指標の組み合わせで、サブタイプの分類がされています。サブタイプによって、薬物療法の内容も違ってきます。

サブタイプの分類

  • ルミナールAタイプ=ホルモン受容体陽性、HER2陰性、Ki67増殖能低
  • ルミナールB(HER2陰性)タイプ=ホルモン受容体陽性、HER2陰性、Ki67増殖能高
  • ルミナールB(HER2陽性)タイプ=ホルモン受容体陽性、HER2陽性
  • HER2タイプ=ホルモン受容体陰性、HER2陽性
  • トリプルネガティブ=ホルモン受容体陰性、HER2陰性

乳がんの病期(ステージ)

乳がんの病期は0期からⅣ期までに分けられる

病期というのはがんの進行度を示す指標であり、治療の基本方針を決める指針となります。よく「ステージ」という言葉でも表されます。
手術前におこなわれるさまざまな検査結果から、腫瘍(しこり)の大きさ、リンパ節への転移の有無、他の臓器への転移の有無によって分類されます。

乳がんの病期(ステージ)は0期からⅣ期までに分類され、さらにⅡ期についてはⅡA期、ⅡB期があり、Ⅲ期についてはⅢA期、ⅢB期、ⅢC期があり、細かく分けられています。

0期とはがん細胞が乳管の中に留まっている状態で、非浸潤がんであることを意味しています。「しこり」としての姿をあらわす前の段階です。非浸潤がんは乳管の外には広がっていないので、転移することはありません。手術で取り除けばきちんと治るがんですが、乳管の中で広範囲に広がっていると温存は難しく、乳房を全摘出しなければならない場合があります。

乳がんの病期の分類

0期・・・がん細胞が乳管の中に留まっている非浸潤の状態。
Ⅰ期・・・しこりの大きさは2㎝以下で、リンパ節への転移を認めない。
ⅡA期・・・しこりの大きさは2㎝以下でリンパ節への転移の疑いがある、あるいは、しこりの大きさは2㎝~5㎝でリンパ節への転移の疑いがない。
ⅡB期・・・しこりの大きさは2㎝~5㎝でリンパ節への転移の疑いがある、あるいは、しこりの大きさは5㎝以上でリンパ節への転移の疑いがない。
ⅢA期・・・しこりの大きさは5㎝以上でわきの下によく動くリンパ節転移が認められる。あるいは、しこりの大きさに関係なく、わきの下や周囲の組織に癒着していて動かず、リンパ節への転移が疑われる。または、胸骨の内側のリンパ節への転移が疑われる。
ⅢB期・・・しこりの大きさに関係なく、がんが皮膚に浸潤している。あるいは、がんが胸壁に浸潤している。
ⅢC期・・・しこりの大きさに関係なく、鎖骨の上下、胸骨の横にリンパ節への転移が認められる。
Ⅳ期・・・しこりの大きさ、リンパ節への転移の有無に関係なく、遠隔転移(他の臓器への転移)が認められる。

病期ステージはがんの進行具合を示す目安になる

しこりの大きさを正確に計測するのは、必ずしも容易ではありません。触診での大きさと画像診断での大きさが一致しないことがあります。画像診断の中でもマンモグラフィーと超音波診断では大きさがずれることもあります。また、リンパ節転移の有無と程度はあくまで臨床診断の結果ですから、そこで転移がないと診断されても病理診断では転移が認められるケースがあり、その逆のケースもあります。Ⅱ期、Ⅲ期とステージが上がってくると心配になるでしょうが、病期はがんの進行具合を示すひとつの目安ですから、あまり深刻に受け止めないでおきましょう。

センチネルリンパ節生検

乳がんは治療法の進歩により、世界的に患者の生存率が向上しています。現在では、乳がんの手術にセンチネルリンパ節生検は標準的な検査法です。

リンパ節への転移があるかないかを調べる検査法

がん細胞が、がん巣から離れてリンパ液の流れにのってリンパ節まで流れ着き、そこで着床して増殖を始めることをリンパ節の転移といいます。乳がんの場合は、わきの下にある腋窩(えきか)リンパ節に好んで転移します。そして、さらに腋窩(えきか)リンパ節を経由して、ほかの臓器にも転移していくのです。

乳がんが発見された場合に、局所に留まっているのか、ほかの臓器にまで広がっている可能性があるのかを見極めるために重要なのが、リンパ節への転移の有無です。
リンパ節への転移の有無を調べるための検査法として、触診、超音波検査やPET-CT検査などがありますが、どの方法を用いても正確な転移状況を知ることはとても難しく、転移していないと診断することは、こういった方法だけでは可能ではありません。

わきのリンパ節への転移が認められた場合には、転移が確認されたリンパ節だけでなく、転移している可能性があるリンパ節を含めて予防的に周囲の脂肪とともに取り除くことになります。これを腋窩(えきか)リンパ節郭清(かくせい)といいます。

腋窩リンパ節郭清には、転移の有無を調べて診断する、転移があればそれを取り除いて治療する、という2つの大切な目的があるのですが、腋窩リンパ節を郭清することによって、腕のむくみ、手術後のわきへのリンパ液の貯留、わきの感覚の異常、といった後遺症が引き起こされる可能性があります。

組織の隙間を流れているリンパ液の流れには一定の方向性があって、リンパ管の中を圧力の低い方へ流れていき、やがて特定のひとつのリンパ節へ流れ込みます。これが「センチネルリンパ節」です。センチネルリンパ節のセンチネルは「見張り」を意味し、センチネルリンパ節というのは、リンパ管に入ったがん細胞が最初にたどり着く腋窩リンパ節のことで、リンパ節へのがんの転移を見張っているという意味合いがあります。

センチネルリンパ節に転移していない場合、腋窩リンパ節郭清はしない

センチネルリンパ節生検とは、乳がんの腫瘍の近くに、アイソトープというわずかに放射線を発する物質、または色素を注射し、これを目印にして、手術中にセンチネルリンパ節を探し出して摘出し、このリンパ節にがんが転移していないかどうかを調べることをいいます。手術中に迅速診断をして、センチネルリンパ節にがんの転移が認められない場合には、リンパ節の郭清(かくせい)をおこないません。これは、最初に転移するセンチネルリンパ節に転移がなければ、ほかのリンパ節に転移している可能性が極めて低く、リンパ節の郭清を省略しても大丈夫、ということです。

ただし、センチネルリンパ節生検をおこなうにあたり、いずれも確率は低いですが、色素にはまれに強いアレルギー反応が起きることがある、センチネルリンパ節を同定できないことがある、転移リンパ節を見逃す可能性がある、などの問題点もあります。

乳がんの治療法を決めるための検査

乳房内のがんの広がりを調べる検査

乳がんの一般的な手術には、乳房温存術と乳房切除術がおこなわれています。
乳腺の一部を切除して乳房を残す乳房温存術では、がんの広がりに応じて取り残しのないように切除しなければなりません。そして、温存術の適応の決定のためには、乳腺内でがんがどの程度広がっているかの診断が極めて重要になります。
乳がんの広がり診断でチェックするポイントには、

  • がんが乳管の中のどこまで進展しているか
  • がんが周囲の組織まで浸潤しているか乳管内へのがんの転移はあるか
  • 複数のがんが多発していないか

といったことが挙げられます。

MRI(磁気共鳴画像検査)

MRI検査では、磁気を用いて私たちの体をあらゆる角度から輪切り状に撮影し、立体画像を得ることができます。乳房内でのがんの広がりや複数のがんの有無を調べるのに最も優れているのが、このMRI検査です。MRI検査はX線とは違い被曝(ひばく)する心配はありません。デメリットとしては、狭い空間で数十分くらい身動きがとれないこと、機械の大きな音が発せられるので不快なこと、などがあります。
乳がんのMRI検査は、造影剤を注射したあと、うつぶせの状態で撮影します。

転移があるかを調べる検査

がんを治療するには、治療を始める前に正しい病期の診断が重要になります。それには、領域リンパ節への転移があるかないか、遠隔臓器への転移があるかないかを明らかにしなければなりません。乳がんの場合、好んでリンパ節、骨、肺、肝臓などの臓器へ転移することがわかっています。

CT検査

CT検査では、X線を用いて体を輪切り状に撮影し、乳腺内のがんの広がりを画像として描き出すことができます。乳房以外の臓器への遠隔転移を発見するのに有用です。デメリットには、X線の被曝を受けることがあります。

骨シンチグラフィー

骨シンチグラフィーは、全身の骨の様子を撮影し、がんが骨に転移していないか、X線検査ではわかりにくい骨の状態を調べることができます。ラジオアイソトープという放射線医薬品を注射し、代謝が活発な骨に薬が取りこまれる様子を調べます。

PET-CT検査

がん細胞がブドウ糖を好むという性質を利用したPET検査がありますが、PET-CTはPETとCTの画像を同時に撮影することができる機器で、単体での検査よりも、より信頼性のある検査ができます。PET-CT検査は、医療機関のほか、専門の検診センターでも受けることができます。

乳がんの診断のための検査

確定診断のために必要な検査とは

乳がんであるかどうかを正確に診断するためには、まずマンモグラフィ検査と超音波検査の両方をおこなうことが必要です。両方の検査のそれぞれの長所と短所を補うということからも、どちらか一方の検査しか受けていない場合、もう一方の検査も受けることになります。

これらの画像診断で乳がんだと診断されても、それだけで治療を始めるわけではありません。乳がんの確定診断のためには、しこりから細胞や組織を採取して顕微鏡で調べ、がん細胞を直接確認する病理診断も必要です。これは、専門の病理医によっておこなわれます。
さらに治療を始めるためには、がんがどれくらい広がっているか、転移があるのかないのかを調べたうえで、正しい進行度の診断を受けなければなりません。乳腺内での乳がんの広がりを正しく診断されることが、乳房温存療法の適応になるのか否かを決定し、さらには安全で美容的にも優れた乳房温存療法がおこなわれるための第一歩となるのです。

細胞診と組織診

先にも言ったように、乳がんの疑いがある場合、確定診断のために病理診断がおこなわれます。診断のための病理検査には、細胞を取って染色し顕微鏡で観察する「細胞診」と、細胞の塊としての組織を取って染色し顕微鏡で観察する「組織診」(生検)という検査法があります。
細胞診では乳房に細い針を刺して細胞を採取し、組織診(針生検)では局所麻酔のもと、やや太い針を刺して組織を採取します。状況を見てどちらか、または両方をおこないますが、より正確な診断のためには組織診のほうが優れているといえます。

細胞診は、がんが強く疑われる場合だけでなく、良性の病変の確定診断にもおこなわれる検査法です。少しでも良性の診断に疑念が残るときには、体への負担が少ない細胞診でがんではないことを確認します。

乳房の細胞診には、穿刺吸引細胞診(せんしきゅういんさいぼうしん)や乳頭分泌物細胞診などがあります。穿刺吸引細胞診は、触れてわかるしこりや超音波検査でわかるしこりに対しおこないます。細胞診では浸潤がんか非浸潤がんかの区別が難しいので、それによって治療法が違ってくる場合には、組織診(針生検)が勧められます。

組織診は、細胞診に比べて診断精度が高く、悪性か良性かの判別だけではなくて、良性の場合どういった病変なのかを診断することもできます。また、乳がんであった場合には、ホルモン受容体やHER2(ハーツー)受容体の有無、がんの種類や性質を診断します。これにより乳がんのサブタイプがわかって、治療方針を立てる手がかりとなります。

画像、病理などの検査結果をみて総合的に判断する

細胞診、組織診は乳がんの診断をつけ、治療を始めるために欠かすことのできない検査法です。細胞診や組織診をおこなって陽性の結果が出ると、乳がん間違いなしだと思われがちですが、実は乳がんの病理診断は非常に難しいものが多いのです。専門の病理医でも、良性か悪性かの判定に迷うものが多いといいます。ほかにも、がんと間違えやすい良性の病変もあります。
正しい診断のためには、画像診断や病理診断、そのほかの検査結果と照らし合わせ、総合的な診断が下されます。

良性のしこりと悪性のしこり

正常な細胞というのはそれぞれに役割があって、私たちの体の制御のもとにその機能を果たしています。しかし、いろいろな要因によって細胞が変化し、体の制御を離れて、異常な増殖を始めることがあります。その結果としてしこりができますが、それを「腫瘍」と呼びます。

良性と悪性のしこりの違い

しこり(腫瘍)には良性のものと悪性のものがあります。良性のしこりの場合、あるところまでいくとそれ以上は増殖をしません。そして、良性のしこりは一般に増殖の速度が緩やかで、周囲の組織とは明瞭な境界があり、転移や浸潤の傾向を示しません。その一方、悪性のしこりの場合はいつまでも異常な増殖を続けて、周囲の組織へ浸潤したり、遠隔転移を起こして、やがては私たちの命を奪うこともあります。この悪性のしこりが「がん」なのです。
良性のしこりでも、脳にできる脳腫瘍のように、腫瘍の場所によっては予後が悪い場合もあります。子宮筋腫のように、悪性化はしないけれども、大きくなるとさまざまな症状を引き起こすこともあります。

乳房のしこりには、乳管内乳頭腫や線維腺腫といった良性のしこりがあります。乳腺症もこのような良性の病変が集まったものです。一般には良性のしこりは体に危害を加えないので、診断がきちんとつけば、放っておいてもかまいません。ですから切除する必要はありませんが、特に大きくなってしまったものや、良性か悪性かの判断が困難な場合には、腫瘍の切除が勧められます。

良性のしこりだと診断がついたものでも、悪性に変化するのではないかと、心配になる人もいるでしょうが、乳腺にできた良性腫瘍が悪性のがんに変化することはほぼありません。ただ、乳腺にできる腫瘍には良性か悪性かの診断が難しいものが多いので、定期的に検査を受けておくと安心です。

信頼できる専門医をみつけることが大事

がんの治療においては、初期治療でその後の運命が決まるので、信頼できる専門医に出会えるかが大事になります。しかし、実際には、がんを宣告されてから治療の開始までにはあっという間の時間しかなく、心から信頼できる専門医をみつけることは容易なことではありません。乳がんの診断を受けた施設からの専門医の紹介が一般的だと思いますが、医者と患者の間には相性の問題もあります。そんなときには、セカンドオピニオンを受けることもひとつの手段です。

乳がんと間違えやすい病気の種類

検診を受けて乳がんと疑わしい診断結果が出たり、自己検診をおこなって異常をみつけたりすると、自分はがんなのか・・・と心配すると思いますが、乳房の病気には、乳がんの症状と似ていて間違えやすい病気がほかにもあります。

乳腺症(にゅうせんしょう)

乳腺は長期間にわたって女性ホルモンの影響を受け、母乳をつくる準備を繰り返しています。その結果さまざまな病変が現れることがあるのですが、こうした病変やその集まりのことを「乳腺症」と称しています。
症状として、乳房に痛みがある、局部的にしこりのようなものがある、乳房が張った感じがする、広い範囲に厚ぼったい感触があるなど、乳がんと似ている場合もあります。
乳腺症は、女性ホルモンのバランスが乱れることが関係していて乳腺の老化現象のようなものです。ですから、本来は病気とみなされず、乳がんではないが乳房に何らかの異常があるという意味で広く使われています。
乳腺症と乳がんは直接の関係はありませんが、乳腺症で現れた症状は、乳がんのリスク因子となります。また、「乳腺症ですから様子をみましょう」といわれたものの中に乳がんが隠れている場合もありますから、経過観察をする必要があります。

乳腺炎(にゅうせんえん)

乳腺炎というのは、細菌感染などによって起こる乳房の感染症です。部分的に赤く腫れて痛みが出たり、膿(うみ)がたまってしこりができたりします。授乳期の女性に見られることが多く、乳管の中に母乳が詰まって、そこに乳頭にできた傷などから細菌が侵入して感染します。
そのほか、陥没乳頭の人にも起こりやすいです。引っ込んだ乳頭内に分泌物が詰まり、細菌が感染して発症します。治療しても繰り返して炎症が起こり、直りにくいこともあります。
治療は、抗生物質を内服したり、膿がたまっているときは注射器で吸ったり切開したりして膿を出します。
乳腺炎は炎症性乳がんと症状が似ていて区別が難しいので、異常を感じた場合には早めに専門医を受診しましょう。

乳管内乳頭腫(にゅうかんないにゅうとうしゅ)

乳管内乳頭腫は、乳頭の近くの太い乳管にできる良性のしこりです。40~50歳代の人に多く見られます。しこりは柔らかくて小さいものが多いのでわかりにくいのですが、乳頭から血のまじった分泌液が出ることがあり、乳がんとの区別が難しい病気です。画像診断や生検で診断を確定する必要があります。

線維腺腫(せんいせんしゅ)

線維腺腫は、10~30歳代の比較的若い人に多くみられる、しこりができる病気です。このしこりは正常な細胞が過剰に増殖してできたもので、腫瘍ではありません。しこりの境界がはっきりわかり、乳腺の中でよく動くという特徴があります。たいてい2~3cmほどの大きさですが、患者のうち30%くらいの人は、そのままにしておいても自然と小さくなって気にならなくなります。ただし、しこりの大きさが3cm以上ある場合など、葉状腫瘍(ようじょうしゅよう)という悪性の可能性もある病気と区別が難しいので、細胞診や生検をおこなって確実な診断を受けたほうがよいでしょう。また、経過観察が必要な場合もあります。

葉状腫瘍(ようじょうしゅよう)

葉状腫瘍は線維腺腫とよく似た腫瘍で、しこりの大きさは線維腺腫よりも大きいことがあります。腫瘍の多くは良性ですが、悪性のものもあります。葉状腫瘍が疑われる場合は切除が必要になりますが、切除しても再発を繰り返すことがあり、骨や肺などに遠隔転移するものもあります。術後も定期的な検査が必要です。

乳がんのサインを見逃さないための自己検診

日本ではマンモグラフィによる乳がん検診が普及してはいますが、お風呂で体を洗っていたときや、たまたま胸に手が触れたときなどに、自分自身で異変に気がついて乳がんだった、というケースが多いのが事実です。乳がんの症状を知って、普段から自分の乳房に関心を持っておくことが大切だといえます。そして、異変を感じたら迷わず専門医を受診しましょう。

しこりが早期発見の手がかりとなる

乳がんの最も重要な兆候は『しこり』で、乳がんの人の全体の8割以上でしこりが触れます。このように、乳がんを自分で発見するときの大きな手がかりは、しこりなのです。
そのしこりを見つけるための一番の方法は、入浴のときに自分で乳房に触れることです。胸に石けんをつけて、乳房の表面を指をすべらせるように、くまなく触ります。右手で左の乳房を、左手で右の乳房を、指先や手のひらで、なでるようにします。石けんがついていると手がすべりやすくなり、しこりがあった場合に見つけやすくなるのです。乳房を中心に、脇の下から鎖骨の辺りまで、胸全体の広い範囲を、指先と手のひらに神経を集中させて、ゆっくり触ってみましょう。

しこりは、石のようにころっとしたものだけではなく、扁平な塊だったり、乳頭に向かって扇状に触れるものなどもあり、さまざまです。境も、はっきりとわかるものは少なく、なんとなく全体が硬い感じのものもあります。このように、一概にしこりといっても、形や大きさは人それぞれに違うということを覚えておきましょう。また、乳がんには、しこりのない乳がんもあります。

触るだけではなく見ることも大切

乳房は、ふくらみの中にやわらかい乳腺と脂肪が詰まって形がつくられています。表面の皮膚はなめらかな曲面となっていますが、乳がんができると、この曲面が変形します。乳房の形のゆがみ、ひきつれ、くぼみなど、乳房の表面に生じる変形を見逃さないようにしましょう。こうした変化がないかを目で見ることも大切です。
入浴のときなどに、鏡の前に立ち、まずは腕を下ろした状態で、乳房や乳頭の形に異常がないかを観察します。続けて、今度は腕を上げて同じように観察をします。

乳房の皮膚の変化に注意する

えくぼのような乳房の皮膚のくぼみを「えくぼサイン」と呼びます。皮膚につながっているクーパーじんたいが、がん細胞によって内側から引っ張られることで生じます。えくぼサインは乳がんを発見する重要なサインですが、特殊な乳腺症などでもできることがあります。
がんがもう少し進行すると、変形がかたまってきます。これが乳房のひきつれです。乳房の曲面に、不自然な皮膚のひきつれが生じます。このひきつれは、がんでない限りできるものではないので、気づいたらすぐに専門医を受診しましょう。

乳がん検診の種類

乳がん検診を受けるには、地方自治体がおこなう検診や、加入する健保組合や事業所による検診、個人で任意で受ける検診があります。
厚生労働省では日本国民のがん検診の受診率が50パーセント以上になることを目標にがん検診を推進していて、乳がん検診の場合、「40歳以上の女性に対して、2年に1回、問診及びマンモグラフィ検診をおこなう」ことが指針で定められています。地方自治体による検診では、ほとんどの市町村でがん検診の費用の多くが公費で負担されているので、私たちは一部の自己負担でがん検診を受けることができます。

乳がん検診には、医師による問診や視触診のほか、超音波(エコー検査)やマンモグラフィ(エックス線検査)という画像検査があります。
視触診では、医師が乳房を観察したり手で触れて、しこりや変形が無いか、乳頭からの分泌物が無いか、リンパ節が腫れていないかなどを調べます。視触診だけなら体に負担はかかりませんが、小さな乳がんを発見することは難しいので、超音波検査やマンモグラフィを合わせておこないます。

マンモグラフィと超音波検査は、それぞれの物理学的特性を活かした検査方法で利点があります。どちらか一方よりも、両方受けることが望ましいです。

マンモグラフィ(乳房X線検査)

マンモグラフィとは、乳腺専用のX線(エックス線)を用いた検査法で、乳がんの検診手段としては最も基本的です。プラスチックの板で乳房をはさんで平らにして、専用のX線装置で乳房全体を撮影します。
マンモグラフィの優れている点は、しこりだけでなく、しこりの前段階の微細な石灰化した病変を発見できるところです。視触診だけでは発見することができないしこりや、石灰化した小さな乳がんの発見に適しています。ただし、乳腺が発達している若い女性や、乳腺濃度が高い(デンスブレスト)女性では乳腺組織が全体に白っぽく映ってしまうため、初期の乳がんを発見しにくい場合があります。欧米人女性と比べ、日本人女性にはデンスブレストの人が多いようです。
デメリットとして乳房を圧迫するときに痛みを感じることがあるので、マンモグラフィを敬遠する女性もいるようですが、乳房をじゅうぶんに引っ張って平たくするのは、撮影に必要な放射線量を最小限に抑えて、より正確な画像にするためです。検査を受けるには月経の前の時期を避けたほうが、比較的痛みは和らぎます。また、放射線による被ばくの心配がありますから、妊娠の可能性がある場合には申し出たうえで検査を受けましょう。

超音波検査(エコー検査)

超音波検査とは、人間の耳には聞こえない周波数の高い音を機械から発射し、跳ね返った音を画像化したもので診断する検査です。超音波を出す器具を直接乳房に当てて、写し出された画像を見ながら診断をおこないます。
超音波検査では、触診ではわからない大きさのしこりを発見することができます。また、しこりが良性であるか悪性であるかの判別診断に優れています。
放射線被ばくを避けたい妊娠中の人、強い乳腺症などで良好な撮影ができない人や高濃度乳腺(デンスブレスト)の人、乳房の圧迫に耐えられない人などにはこの超音波検査が適しています。安全な検査方法ですから、安心して検査を受けられるというのが、大きな利点です。

乳がん検診の重要さ

生存率は検診で乳がんが見つかった人のほうが高い

現代は、2人に1人が何らかのがんになってもおかしくない時代ですから、がん検診を受けることが必要なのは、みんなわかっていると思います。それなのに、日本では女性の検診受診率がとても低いのが現実です。欧米人女性の検診受診率が70~80パーセントなのと比べて、日本人女性の場合は40パーセント程度しかなく、極端に低いのがわかります。

乳がんが原因で亡くなる人の死亡率は、近年では世界中で減少しているといいます。しかし、日本では例外で、増加の一歩をたどっています。乳がんの治療法はめざましく進歩していますが、乳がんによる死亡者数は減ってはいません。これは乳がんになる人がすごい勢いで増え続けていることもあるのですが、受診率の低さが死亡者数増加の1つの原因であることは間違いないのです。

検診をおこなって乳がんが発見された場合と、しこりなどの自覚症状から発見された場合では、検診で発見された人のほうが生存率が高いというデータがあります。このことは、それだけ早期に治療を始めることができたからだとも考えられ、定期的に乳がん検診を受けることはとても重要なことだと言えます。

ただし、マンモグラフィなどの画像検査は優れた検査法ではありますが、残念ながら完璧というわけではありません。実際に、検診で『異常なし』と診断された人でも、1年以内に自分で乳がんを見つけているという報告もありますから、「検診さえ受けていれば安心!」と考えずに、あわせて定期的な自己検診をおこないましょう。

セルフチェックを習慣にする

胃や大腸のような臓器は自分の手で触ることができませんが、乳がんでは、乳房を手で触って確かめることができます。体の内部にでき症状が出ないと発見されにくい他のがんに対して、乳がんは自分で見つけることができるがんです。そこで、医療機関で検診を定期的に受けるだけでなく、自己検診の習慣をつけることが大切になります。
毎月1回のセルフチェックで、いつもと違う乳房に気づくことができます。セルフチェックは、生理が終わった4~5日後くらいが適しています。閉経後の場合は、毎月、日を決めておこなうとよいでしょう。

「自分には関係ない」ではなく、「自分も乳がんになるかもしれない」という気持ちが早期発見につながるのです。
たとえ乳がんになっても、早期のうちに発見し適切な治療を受けて、乳がんを克服しましょう。そのためにも、自己検診の習慣をつけましょう。