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乳がんの外科手術について

乳がんの手術と入院

乳がんの外科手術は、近年めざましく進歩しています。乳房温存療法の確立と、センチネルリンパ節生検に基づいたリンパ節郭清の省略によって、患者さんの術後の乳房の変形と機能障害が大きく軽減されて、生活の質も向上してきています。

乳がんの手術には、がんができた乳房を全体に切除する「乳房全切除術」と、がんとその周囲の乳腺および脂肪組織を切除する「乳房部分切除術」の2つがあります。どちらの術式にするかを決めるには、乳房の部分切除が可能かどうかの決定が最も重要です。
乳がんの手術は、ほかの臓器のがんの手術と比べると安全な手術で、手術時間はおよそ1時間30分~3時間ほどです。入院期間は、医療機関、術式や術後の経過によって差がありますが、部分切除術では術後3~7日程度、全切除術では術後7~10日程度で退院となります。

退院後の生活について

乳がんの手術後、特に腋窩リンパ節郭清(えきかりんぱせつかくせい)をおこなった場合には、リンパ液の流れが悪くなったり手術の傷がつっぱって腕や肩が動かしにくくなったりすることがあり、それに対してのリハビリテーションがあります。退院後は自分でリハビリテーションを続けながら、徐々に家事や仕事を再開していきましょう。
また、乳がんの手術後には放射線治療や抗がん剤治療がありますから、術後しばらくの間は、それまでと同じリズムで生活をすることが難しくと思われます。
腋窩リンパ節郭清(えきかりんぱせつかくせい)について、詳しくはこちら

温存術でがんを取りきり、いかにきれいに乳房を残せるか

乳房部分切除術(温存術)では、乳管の中に伸びたがんを取り残すことなく切除することが重要です。しかし、術前に乳がんの広がりを正確に診断することは現在の画像診断技術でも難しいので、手術中に切除された乳腺の端あるいは残した乳腺の断面にがんが無いかを顕微鏡で確認しながら切除していきます。
部分切除術は、がんの広がりに応じてきちんと取り除き、なおかつ乳房の形をきれいに整えられてこそ意味があります。
乳房部分切除術と術後におこなう放射線治療を合わせて乳房温存療法といいますが、温存療法の適応の決定と術後の乳房の形容には、患者さんのがんができている場所のほか、年齢や体質、乳腺がしっかりしているか、脂肪の多い乳房であるかなど、たくさんの要因が絡み合います。

しこりが小さくても乳房を温存できない場合がある

乳房部分切除術(温存術)の対象になるのは、比較的早期の乳がんです。進行してしまっているがんなどでは適応になりません。
しこりの大きさは、浸潤したがんの大きさと乳管内に進展した範囲で決まります。温存術の対象の基準は浸潤した部分のがんの大きさで、浸潤がんの大きさが3㎝ぐらいまでが一応の目安です。

がんの大きさよりも悪性度で判断される

乳房の温存療法の適応とする場合に最も重要なのは、悪性度の高いがんを除外することです。
乳腺内に転移したがんが主病巣から離れ周囲の組織へと広がっているような場合、高度のリンパ管侵襲が認められる場合などは、温存療法を選択することはできません。

乳がん治療の流れ

非浸潤がん(ステージ0)の場合の治療の進め方

がん細胞が乳管や小葉の中にとどまっている非浸潤がんでは、適切な治療をおこなえば転移や再発をすることはほとんどないと考えられています。
非浸潤がんで腫瘍の範囲が小さいと考えられる場合には、乳房部分切除術あるいは乳房部分切除術とセンチネルリンパ節生検をおこなって、術後に放射線療法をおこないます。非浸潤がんであっても腫瘍が広い範囲に及んでいる場合には、乳房全切除術が必要になります。また、非浸潤がんであれば、微小転移を伴う可能性が低いと考えられ、術後の薬物療法は必要ありません。
ホルモン受容体が陽性の場合には、乳房部分切除術後に抗ホルモン剤を5年間内服するという選択肢もあります。

浸潤がんの治療の進め方

ステージⅠ~ⅢA(腫瘍が比較的小さい場合)
浸潤がんであっても、腫瘍の大きさが比較的小さく、石灰化が広範囲に広がっていないような場合には、乳房部分切除術で乳房の温存が可能です。腫瘍が乳頭に近い場所にある場合でも、乳房温存手術ができることもあります。乳房温存術を選択した場合には、原則として術後に放射線療法が必要になります。また、必要に応じて術後に薬物療法をおこないます。

ステージⅠ~ⅢA(腫瘍が比較的大きい場合)
腫瘍の大きさが比較的大きく、乳房部分切除術が困難であると考えられる場合には、乳房全切除術をおこないます。なお、ステージⅠの患者さんでも、マンモグラフィで広い範囲に石灰化が認められたり、CTやMRI検査の結果、乳房内の広範囲にがんが広がっていると考えられる場合には乳房全切除術をおこないます。
腫瘍が大きいために乳房を温存できないとなった場合でも、術前に薬物療法をおこなって腫瘍を小さくすることができれば、乳房部分切除術が可能になる場合があります。

腋窩リンパ節の切除
手術前に明らかに腋窩リンパ節転移が認められる場合には、腋窩(えきか)リンパ節郭清(かくせい)が必要です。
腫瘍の大きさに関係なく、手術前の検査で明らかな腋窩リンパ節転移がない場合にはセンチネルリンパ節生検をおこないます。センチネルリンパ節に転移がなければ、腋窩リンパ節郭清は省略できます。

術後の薬物療法

  • 【化学療法】(抗がん剤治療)
    化学療法をおこなうかの決定については、乳がんの進行度やグレード、HER2やホルモン受容体の状態など乳がんの性質によって異なります。
  • 【抗HER2療法】(分子標的治療)
    HER2陽性で、腋窩リンパ節に転移がある、あるいは腋窩リンパ節に転移はなくても再発リスクが高いと判断された場合に、トラスツズマブ(ハーセプチン)などの分子標的治療薬による抗HER2療法をおこないます。分子標的治療薬は、アンスラサイクリン系薬剤やタキサン系薬剤などの抗がん剤と組み合わせて投与されます。
  • 【ホルモン療法】
    ホルモン受容体が陽性の場合、ホルモン療法をおこないます。ホルモン受容体が陽性でHER2が陰性の場合には、ホルモン療法をおこないます。がん細胞全体におけるホルモン受容体陽性細胞の割合が多いほど、ホルモン療法の効果は高くなります。

ステージⅢB、ⅢC
がんが乳房表面の皮膚や胸壁にまで及んでいたり、鎖骨上のリンパ節にまで転移が及んでいたりする場合は、そのまま手術することはできません。また、体のどこかに微小転移を伴う可能性が非常に高いため、主な治療手段は薬物療法となります。薬物療法によって腫瘍が縮小した場合には、手術や放射線療法などの局所治療を追加することが検討されます。

ステージⅣ
転移乳がんとして全身治療をおこないます。乳房から離れた場所にがんの遠隔転移がある場合、現在の治療法では、全身のどこかに潜むがん細胞を根絶するのは難しいと考えられます。遠隔転移に対しては手術はおこなわず、薬による治療が基本です。乳がんに有効な薬にはさまざまな種類がありますので、効果をみながら治療を続けていくことになります。

薬物を用いた乳がんの全身治療

乳がんの治療を始める前に

乳がんだと宣告された患者さんは、これからつらい治療を始めることになります。それには、まず、自分が『がん』であることを受け入れることが必要です。

がんであることを受け入れよう

なぜ自分が乳がんになってしまったのかという思いを始め、自分はこれからどうなるのか、仕事は続けていけるのか、もし自分が死んでしまったら残された家族はどうなるのだろう、など、さまざまな不安や苦悩が押し寄せることでしょう。

がん宣告を受ければ、誰でも強い不安に襲われるのが普通です。それには治療に対する不安もありますが、それよりもがんを抱えていることの不安のほうが深刻な問題です。しかし、手術によって腫瘍を取り除くことができれば、気持ちはとても楽になります。

がんを受け入れて自分の病状を理解し、現実を受け止める。これが、すべての治療のスタートになるのです。

乳がん治療の流れを知っておこう

乳がんの治療法には、

  1. 手術(外科治療)
  2. 放射線治療
  3. 抗がん剤治療(薬物療法)

の3つがあり、これを、がんの3大療法といいます。

乳がんの外科手術には、乳房を全て切除する乳房全切除術(全摘)と、乳房の一部だけを切除する乳房部分切除術(温存)があります。そして、薬物療法には、化学療法、ホルモン療法、分子標的治療があります。
乳がん治療においては、がんの性質と進行具合に応じて、適切な治療法を組み合わせておこなうことが重要になります。それぞれの治療法には利点と欠点がありますので、効果と副作用をよく熟知した乳がん専門医のもと、治療を進めていきましょう。

治療の進め方としては、手術をおこなった後に抗がん剤治療を始めるのが一般的ですが、先に抗がん剤治療をおこなう場合もあります。これを「術前化学療法」といいます。手術を先におこなうのは手術によって局所のがん巣を取りきることができる可能性がある場合であり、進行した乳がんでは抗がん剤治療から始めます。また、早期の乳がん(非浸潤がん)では、放射線治療や抗がん剤治療が省略される場合もあります。

放射線治療は、部分切除された後の乳房に対しておこなわれ、乳房にできたがんと、わきの下、胸骨の近く、鎖骨の上のリンパ節(領域リンパ節)のがんの制御を目指します。順をいうと、手術の後、抗がん剤治療をおこなう前または抗がん剤治療をおこなうのと同時進行です。